日本滞在中に、市の児童館などで、娘を何度か遊ばせました。たまたまだったのかもしれないし、場所柄というものもあるのかもしれないのですが、周りから聞こえてくる会話がね、興味深かったです。
「○○ちゃん、凄いねー!もう、○○ができるのね。うちは、まだできないのよー。困ったわぁ。」
とか、そういう類の会話が多いんです。
なんでも、早いことがいいこと、って思う人、多いのかしら、と思いました。別に、それが早くできなくても、問題なくない?というようなこともあって、聞いてるだけで、ちょっと息が詰まりました。
で、冒頭の親子の話に戻るのですが。トイレの自立も、できるだけ早く、速やかに!という気迫を感じたんですよね。失敗なんて、ありえない!っていう。
実際、うちの母なんかも、早くオムツ外せ、断乳しろ、など、本当にうるさい。今の子育て世代の親達は、そういう風に子育てをしてきた世代なので、分からなくもないですが、私は、私自身が受けてきた育児方法が、必ずしも素晴らしいものだとは、思ってません。(いいところも勿論あるけれど)
もしかしたら、怒鳴ってたお母さんも、周囲のプレッシャーが凄いのかもしれないですね。
私も、正直、母が近所に住んでいたら、耐えられなかったでしょう。日本滞在中ですら、子育てを巡って対立しましたから。
子供が親に世話をさせてくれるのって、本当に短い期間だから、できれば、ゆっくり成長してほしいなぁ、と思ったりします。あっという間に、育っちゃってるから。だから、早く早く、って思わずに、じっくりと待つ子育てがしたい。
今、一緒に子育てしてる仲間は、皆、ゆったりと大らかに子育てしているので、凄く助けられてます。
とは言え、自分の母親のやり方は、記憶になくとも自分の体に染み込んでいるのか、時々、「真似したくなかった母のやり方」で娘に対応して、早く早く、と急かしてしまったり、必要以上に厳しく対応していることが、あります。正直、落ち込みます。
でも、子供って、柔軟なんですよね。
私がまずいやり方をしても、反省して、やり方を変えたら、ちゃんと、娘は、いい反応をしてくれる。娘に、何度も救われています。
ところで、排泄に関して、叱りつけたり、ネガティブな言葉を投げかけるのは、非常に危険だそうです。自分の体から出る排泄物の否定=自分自身の否定、と捉えてしまい、排泄に関してネガティブな感情を持つばかりか、自分自身に対してもネガティブな感情を持ってしまうことがあるようなのです。
実は、私、くっさーいウンチが出たときなんかに、「うわっ!くっさー!」って鼻をつまんじゃったりすることがありました。お尻にウンチがついてるのが気持ち悪いのか、娘がお尻を手で触ろうとすることがよくあり、そういう時は、「キャーっ!汚いから、やめてー!」って大声出しちゃったり。
知らなかったでは済まない、危険な言動だということを知った時は、ショックを受けましたが、すぐに切り替えて、今は、笑顔で対応してます。
「いっぱいウンチでて良かったね!スッキリしたでしょう~」
「チッチ教えてくれて、本当にありがとう!教えてくれて、お母さん、すごーく助かるよ!」
「お母さんが、お尻をすぐにきれいにしてあげるから、お尻を拭きやすいように、両足を手で持っててくれたら、嬉しいな~」
などと、話しかけてます。
最近は、お尻を触ることはほとんどなくなり、ちゃんとあげた足を、手で支えてくれるようになりました。
ちょっとした言葉の掛け方、大事なんだなーと、トイレから学んだことでした。
冒頭のお母さんも、気づくキッカケがあるといいな。
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